●第2回「孤独な生活」
ディエゴの外見埃だらけの車にペルージャから乗り込むと、去年の招待者であったソウメイ(佐藤聰明)を知っているかと早速聞かれる。もちろん知ってますヨ。出発前に彼の助言で重いのにわざわざサトウのごはんとカレールーを鞄に詰め込んでいるのである。車窓から見る風景は石造りの町並みからたちまち田園風景に変わり、オリーブ畑が左右にうねって見える。小高い丘に小さな森が見えたが、その方向に30分ほど走ってから坂を上りきり細長い糸杉並木を抜けると、そこは15世紀に建ったというチビテッラ城。正面の小さな門からすると想像以上に巨大な城壁が聳え立ち、その蔦の這った先を見上げると軒下でイワツバメが気持ちよさそうに飛び交っている。
遅い昼食を広い芝の庭に設営されたテントでとるが、出された弁当は3段重ねのコッヘルにサラダ、パスタ、デザートがてんこ盛り。上蓋にはDon Jhovani と割り当てられた部屋の名前が書いてあり、昼食はこれを食堂からもらい、終わったら自分で洗う作業が6週間続くのである。チビテッラ城の暮らし方を一応説明されるが喋りが早くて半分もわからない。まあ、1ヶ月以上も滞在するのだからこれから先、急ぐことはないのである。しかし荷解きすると日本に忘れてきたものを次々と思い出す反面、半分砕けたチキンラーメンや醤油の小瓶など、どうでもいい物が旅行鞄の隙間から零れ落ちる。
まずはPCのインターネット接続から始まるがこれが言葉の障害もあってディエゴと2日間がかりで試してみるのだが結局はアクセス出来ないまま。携帯があるのでPCメールの設定はあきらめ、携帯アダプターを取り出し海外用のコンセントをセットして充電。ところが何時間かかっても充電のランプが消えず、よく見ればアダプターにはなんと小さな字で国内専用。空港に到着した時に経験した孤絶の恐怖が再びよみがえる。6週間日本語が使えない!しかし更に厳しい試練が昼食、夕食時の歓談である。ここでは英語が公用語であり、全く苦手な英語はただただ聞き流して黙々と食べるしかない。
とにかく自分は書くためにここに来たのである。2002年に日本人作曲家で最初に滞在された湯浅譲二さんの「ひたすらいろいろと書きました」という言葉を思い出し、五線紙を広げた机の前に座るのである。もちろん長い間、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校教授として教鞭をとられていた湯浅さんは歓談の時間も楽しまれたと思うが、私の場合は身の置き場がないのである。そしてこの15世紀に建てられたという中世のチビテッラ城、その住人になってから4日目。夕食後の歓談には加わらず、蔦の這った城塞の裏庭にある椅子に座り孤立した精神を癒そうと考えた。
午後9時過ぎになってもまだ明るい夕暮れ時、ベンチでワインを飲みながらフトしかし突然のように、ここに来る選択が間違っていないことを肌で実感した。広大な広がりの田園から丘の上に建つ城に向かってそよぐウンブリアの風のやさしさと大気の香りに気持ちが高揚して思わず詩人になれそうな自分が居る、と感じたのである。ということは自分の状況判断の甘さによって起こるさまざまな事件に対して身悶えているのに、肌を通して感じる肉体の方は案外それなりに順応しているということなのだろうか。
★次回第3回「遠足」予告
6月25日(水)には各国から招待された芸術家10人のフェローと共に車で1時間足らずの近郊、スペッロまでの遠足。中世の小さな家が丘の上にモザイクのように立ち並び、横道に入ると人のすれ違いもままならないほどの小道が続く…
更新は8月17日(水)です。お楽しみに!