●第5回「招待された仲間たち」
自分に与えられた部屋は城の2階にあり、50人は入るかと思われるサロン風の部屋には古いベーゼンドルファーが片隅にチョコン。壁には200号大の王様とその家族と思われる古い肖像画が8枚飾られ、絵の間を埋めるように11の肘掛椅子が並んでいる。自分専用の仕事部屋なのだが余りにも広すぎて集中できず、この部屋は音の確認のみの使用で、書くのはもっぱら中二階の小部屋というのが、すっかり自宅の日常生活が投影されてしまって物悲しい。居間とバス・トイレがサロンホールの隣にあり、ここもかなりの広さである。居間とホールは日本なら二階建てになりそうな天井の高さで壁も真っ白な漆喰である。
デーヴィーともう一人、アメリカ国内でツアーもしているらしいおばちゃん、ベスの二人のアメリカ人作曲家は城に近い一軒家が与えられ、彼らは電子機器を駆使して作曲しているらしい。他に城以外の家が与えられているのは、時々フランス語と日本語の単語が出てくる例のダーラともう一人はイギリス人の詩人ジョー。さて問題の昼、夜の食事である。どちらも庭先に設営された大きなテントの下で食べるのだが昼食は1時から、夕食は7時半からと決められていてベジタリアンのイタリアの絵描き、サンドラ以外は皆時間に忠実である。昼は屋内食堂の机に3段重ねのコッヘルが用意され、大皿の上にある色とりどりの果物と2,3種類のパンは食べ放題。座る場所は自由であるが車の話で盛り上がるダーラが隣に座ることが多いだろうか。
ここの住人になってしばらく経ってからと思うが、ダーラの持っている古いリコーカメラの何箇所かに紙のようなものが付着していて、それは何だと聞いたらビスやネジの代わりに紙テープを貼ってあるとの答えに思わず笑い転げたら、アメリカ人の小説家ジェシカが「ノリオが初めて笑った」と大きな身体をゆすっていた。彼女とは幸運にもフランス語でおしゃべり出来る仲間である。もう一人話しかけてくれるのは、現在ニューヨーク在住のアルゼンチンの作家セルジオ。皆が食事のあとの果物を頬張っている間に席を立ち、コッヘルとナイフ・フォークを洗い終わるや否や、すぐさまアビヤントゥー。挨拶だけは皆フランス語で返してくれる。城の居間に戻ってから一人で紅茶を入れしばしの休息。昨年から水彩を始めたのだがここにきて3枚目の絵が今日でようやく終わった。全て部屋から描いた城の一部分なのでそろそろ絵が窒息しそうである、次回は外に出掛けてみよう。
午後はナイジェリアの作家チカやダーラと卓球をしたり、夜はセルジオ、デーヴィー、ダーラとビリヤードやカードやアルファベットで単語を作るための駒を集めるゲームをしたり様々な遊びで暇つぶしをしているが皆、何故か真剣である。涼しい風が城の南北に吹き抜けていく午前と異なり、風がパタリとやんでしまう午後は日差しがかなりきつく、シエスタという昼休みが何故必要か、ここにいると実感できる。
★次回第6回「プレゼンテーションが始まる」予告
夕食前、今日から始まるプレゼンテーションは午後5時半から。持ち時間は一時間でまずはテカテカ頭の作家、セルジオが一番手となる。45分ほどスペイン語の朗読があり、訳文はプロジェクターで英語。始まる前にフランス語でないのでごめんと言ってくれる律儀な性格だが、謝られるほどの語学力がこちらにないので気が引ける…
更新は9月7日(水)です。お楽しみに!