卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第20回「松下功先生と卑弥呼」

「君が原田さんか! 僕の曲を弾いてくれるんだってね」

2012年のことです。銀杏の葉が色づき始める頃、大学1年生のわたしは入学祝いに買ってもらったステンカラーコートを着てヴァイオリンを背負い、1冊の楽譜を手に大学の中で初めての場所に向かっていました。校舎が改装工事中で、講義用の部屋に仮設された“演奏藝術センター”の扉を開け、恐る恐るお尋ねしたのはとある作曲家。その冬に出るコンクールで弾く曲を作曲をした人にお話を聞きにいこうと思い訪ねたのでした。

これが、昨秋に急逝された東京藝大副学長の松下功先生とわたしとの出会いです。このとき抱えていた楽譜はその年の12月に、代々木上原のけやきホールにて5つの譜面台の上に並べられました。これはわたしが審査委員特別奨励賞をいただいた「現代音楽演奏コンクール“競楽”」の本選で弾いた曲《マントラ》の譜面であります。

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第35回現音作曲新人賞受賞の言葉〜波立裕矢

第35回現音作曲新人賞受賞:波立裕矢

表彰状を授与される波立裕矢さん(左)と、プレゼンターの森垣桂一日本現代音楽協会副会長(右)。

この度は、拙作が日本屈指の現代音楽プラットフォームであるアンサンブル・コンテンポラリーαの演奏家の皆様によって、非常に熱心な取り組みのもと初演の日の目を浴びることができたこと、そしてその結果としてこのような賞を頂けたことを本当に嬉しく思います。先達の皆様は、日頃から尊敬する憧れの先輩ばかりで、その末席を汚すことになり、大変身の引き締まる思いです。
今回本選会でご一緒させていただいた皆様も、それぞれ独自のスタイルを持ち、したたかに作曲活動を続けるひときわ意思の強い方々でした。会話する時間こそあまりなかったものの、作品から大いに勉強させていただきました。中には近年国際作曲賞で躍進を続ける中国の方もおり、国際的な情報交換も含め、有益な会話を交わすこともできました。

このような素晴らしい企画の一方で、作曲家として、様々な出来事が象徴する現代音楽界の経済的な衰退について憂慮の念を抱かずにはいられぬところです。
経済的な安定性は、芸術を評価する第一次的な指標でないことはごく当然であるとしても、やはりその活動規模に影響しないとまでは考えることができません。今回の受賞で油断するなということを、本当にたくさんの人から真摯にご指摘いただきました。それは私への教育的忠告としてのみならず、この世界の厳しい状況の宣告としても受け取れるものでした。
この状況を現実的にどう打開するか、現段階でのはっきりとした策は打ち立てられていないというのが正直なところです。しかし、今自然にふつふつと湧いてくる作曲への意欲は、私にとって現代音楽の終焉はまだ訪れていないことを意味しており、それが失われぬ限り、私は生涯つづくであろう関心対象として、西洋音楽のマイルストーンとのささやかな対話を愚直に続けていくつもりです。

また、最後にはなりますが、ここまで私が成長できたのは、高校3年次に作曲を始めてからというもの、私を支えてくれた方々のおかげに他ありません。特に本年度、私を取り巻く環境が大きく変化する中、ある意味で途中参加的な入学となった私を暖かく歓迎してくれただけでなく、大きな刺激を与えてくれた藝大の皆様、卒業後も連絡を欠かさず関心を共有してくれる愛知県芸の皆様、また愛知から戻った私をあたたかく迎えてくれた地元の皆様には、本当に頭が上がりません。
未だうだつの上がらぬ私ですが、将来に向けさらなる努力で期待に応えたいと思っています。今後とも宜しくお願い致します。
これまでお世話になった愛ある先生方、女手一人で私を支えてくれた母、物心ついたときから一番長くの時間を共有している祖母、そして少年時代を共に過ごし、今まさに病に侵され先立とうとしている我が家の犬へのひとしおの感謝の意をもちまして、本文の結びとさせていただきます。

▼第35回現音作曲新人賞審査結果はこちら

第35回現音作曲新人賞に波立裕矢さん

前列左から、松本真結子(入選/聴衆賞)、波立裕矢(第35回現音作曲新人賞)、張天陽(入選)、有吉佑仁郎(入選)。後列左より、森垣桂一日本現代音楽協会副会長、渡辺俊哉審査員、徳永崇審査員、鈴木純明審査員長。

日本現代音楽協会(会長:近藤譲)は、2019年3月1日(金)18:30より、東京オペラシティリサイタルホールに於いて〈現代の音楽展2019〉「現代の音楽と対位法」内にて「第35回現音作曲新人賞本選会」(審査員長:鈴木純明、審査員:徳永崇、渡辺俊哉)を開催し、譜面審査会において入選した4作品の演奏審査を行いました。
厳正な審査の結果、波立裕矢(はりゅう・ゆうや/1995年生まれ)さんの《蝶と蝶(重力III)》が2018年度「第35回現音作曲新人賞」に選ばれました。
演奏、審査に続いて表彰式が行なわれ、森垣桂一日本現代音楽協会副会長より、賞状と賞金15万円が授与されました。
また聴衆賞には松本真結子さんの《The Wandering Memory》が選ばれました。
なお、来年度の「第36回現音作曲新人賞」は、渡辺俊哉日本現代音楽協会会員が審査員長を務めます。(募集要項はこちら

※応募総数31作。一次審査:2018年12月20日(金)

 

第35回現音作曲新人賞本選会結果
2019年3月1日[金]18:30開演 東京オペラシティリサイタルホール

■第35回現音作曲新人賞
賞状、賞金15万円、現音入会資格の認定
波立裕矢(Yuya HARYU)
《蝶と蝶(重力III) 》
演奏:多久潤一朗(フルート)鈴木生子(クラリネット)松本卓以(チェロ)及川夕美(ピアノ)鷹羽弘晃(指揮)

■入選(表彰状)
有吉佑仁郎(Yujiro ARIYOSHI)
《DISCO for 4 Players》
張天陽(Tianyang ZHANG)
《Landscape Painting Essay “Rocky Stream” 》
松本真結子(Mayuko MATSUMOTO)
《The Wandering Memory》

■聴衆賞(賞状)
松本真結子(Mayuko MATSUMOTO)
《The Wandering Memory》

※入選者は本選演奏順に記載してあります。全作新作初演。

参加作曲家決定「アンサンブル・ルシェルシュ×日本現代音楽協会共同プロジェクト」

アンサンブル・ルシェルシュ×日本現代音楽協会共同プロジェクト 若手作曲家参加募集」の審査を行いました。審査員による選考の結果、15名の応募の中から以下の4名が選ばれました。

 

▼2019年10月予定
向井 航(作曲)× Christian Dierstein(パーカッション)

▼2019年11月予定
伊藤 彰(作曲)× Paul Beckett(ビオラ)

▼2020年3月予定
前川 泉(作曲)× Åsa Åkerberg(チェロ)

▼2020年4月予定
黒田 崇宏(作曲)× 岡 静代(クラリネット)

 

選ばれた作曲家とルシェルシュメンバーによるコラボレーションで新しい作品をつくり上げ、2019年10月~2020年4月に開催する4公演においてその作品を上演する予定です。

卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第19回「卑弥呼、ドクターを目指す」

こんにちは! ヴァイオリニストの卑弥呼こと原田真帆です。こちらのコラムはうんとご無沙汰してしまいました。

前回の更新は2018年の8月で、修士課程の卒業をご報告したのですが、2018年9月より、改めて英国王立音楽院の博士課程に進学しました。今日はわたしが博士課程に進学してからのツイートとともに、授業内容や活動の様子について書いてみたいと思います。

 

「論文を書いてみたい」

そもそもどういった経緯で博士課程に入学したのか。2017年秋、わたしは次の夏に控えた修了を前に進路を考えていました。そのときに、自分の心に浮かんだのは“研究をして論文を書きたい”という希望でした。

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