卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第15回「卑弥呼とホームズの修学旅行」

ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。木枯らしに吹き飛ばされるようにして10月と11月が去って行きました。何が恋しいって、わたしは日本のかぼちゃが大好きなので、ハロウィン・シーズンの南瓜スイーツがこちらでは手に入らなかったことでしょうか。

さて、本日のテーマは、秋の旅。秋になるとどうしても思い出してしまうすてきな思い出があります。今年はその記憶を、どうしても強く強く、刺激されてしまったのでした。

 

 

 

わたしが通った東京藝大の附属高校では、修学旅行で日本各地の音楽学校を訪ねて、現地校と合同演奏会をするのが恒例となっています。わたしの学年は京都は堀川音楽高等学校にお邪魔して、その年に完成した構内のホールの落成式の一環としてジョイント演奏会をおこないました。それはちょうど文化の日の祝日のことで、仲間とともに紅葉の美しい京都を訪れたことは、記憶の中に鮮やかに刻まれています。

演奏会のプログラムは堀川高校出身の佐渡裕さんのタクトで、合同オーケストラによるベートーヴェンの交響曲第7番とブラームスの交響曲第4番をはじめ、わたしたちのクラスの作曲家が学年の弦楽器と管楽器が全員演奏できるように作曲してくれたピアノ協奏曲など、非常に充実したものでした。客席が満席だったことや、わざわざ京都まで聞きに来てくださった親御さんもいたことは感動的でした。

秋のロンドン。

時間軸を現在に戻すと、今年の9月の終わりに、藝大附属高校の生徒さんが修学旅行のためなんとロンドンにいらしたのです! 前述の通り修学旅行は従来日本国内で行ってきたので、欧州での研修は初となります。わたしも現地にいる卒業生のひとりとして、少しばかりお手伝いをさせていただきました。

卒業して早5年たった今となっては高校生の制服はまぶしいばかりですが、生徒さんと話せば思いがけず打ち解けて、今の高校生のセンスの良さに驚かされるばかりでした。というのは、彼ら彼女らの暮らしには常にスマートフォンがあるので、写真を撮る機会撮られる機会が多く、おのずとセンスが磨かれているように感じました。

スマートフォンやSNSの弊害などが語られがちな世の中ですが、こうして美的感覚が研ぎ澄まされるのならば、それは音楽という美学を司るものにとっては良い影響なんじゃないかナァ、なんてちょっと修学旅行の趣旨とずれたことをぼんやりと考えておりました。

その裏番組で、実は引っ越しをしていました。以前のコラムで書いたことがありますが、昨年度は学生寮に住んでおりました。今年はフラットシェアという形態で、個人の部屋を持ちつつ、キッチンとバストイレ、玄関を共有する形です。玄関ひとつごとの単位を「フラット」と呼びます。イギリスにはこうした形態の物件が非常に多く、特に学生や若い人はフラットシェアをして暮らしています。わたしは大学関連の物件なので、フラットメイトはすべて同じ学校の人です。音大生同士だと、練習の都合などが分かり合える点では安心です。

実は年度が始まってすぐに家を決めることができず、結局入居が決まったのが9月の下旬。ある日の朝、物件を管理するオフィスに鍵を取りに行って、ようやく新居へ。鍵の種類が多く困惑しながら扉を開け、荷物を置くと座る間もなくロンドン郊外のパーセル・スクールという音楽高校に向かって、藝高生のアシスト。夕方そのまま藝高生と同じバスで中心部に戻り夕食をご一緒したあと、夜遅くまで開いているデパートに寄り布団と枕を買って帰ったという珍ピソードができました。

夕食時に「これから布団を買って帰ります」と言うと、“卑弥呼が布団を担いで帰る図”を想像した藝高の先生方にややウケ。でも幸いなことにお布団は持ち運びに便利な不織布のバッグに入っていましたので、肩に紐をかければ簡単に持ち帰ることができました。

今回の初の英国研修においてメインイベントだった我が英国王立音楽院における演奏会は、成功裏に終演しました。わたしは楽屋から舞台袖まで生徒さんを引率する役割で、本番に向けて集中を高めていく若い音楽家の姿を間近に見て、何か心が洗われる思いでした。青春って、なんてピュアなんだろう…。

またその翌日にはパーセル・スクールにて、邦楽科によるレクチャーつきのミニコンサートと、同世代の生徒さんと合同のオーケストラの本番が開かれました。日本の文化に興味津々のお客さまを前に少し緊張気味だった邦楽科の子たち。彼らが袖から舞台に出る瞬間に「がんばって!」と背中をたたいたら、眩しい笑顔が返ってきたのが忘れられません。

そんなふうに高校生のピュアさに感激しながら聴いた、合同オーケストラによるチャイコフスキーの交響曲第5番です、1楽章の段階で柄にもなく感極まってしまう自分がおりました。ええ、ええ、目から汗が出ただけです。

現役の高校生を見ていると、どうしても自分の修学旅行が思い出されます。もちろん演奏会が最大の思い出ですが、一方で修学旅行らしい思い出も捨てがたく、とりわけおかしかったのが全員で清水寺を見学したときのこと。

境内の中に地主神社といって、恋愛の神様が祀られた若い女子に大人気の神社があります。“目を閉じてまっすぐ歩けたら恋が成就する”と言われているお参りコースを試していたら、同級生のお調子者に阻まれ、目を閉じていたわたしは物の見事にその子に激突。ゴールとなる岩にたどり着くことはありませんでした。

あるいは、そのあとで引いたおみくじがまぁ中吉程度だったので柱に結び付けていたら、折り目から真っ二つにひきちぎれてしまって呆然としたところに笑い声が聞こえたので振り返ると、その様子を学年の男子全員(9人)と校長先生に見られていたことなどなど…あの修学旅行以後、高校卒業までわたしに三枚目キャラがついてしまったのは、一体何の巡り合わせだったのか…。特にウケを狙った行動は取っていないのですけれどね。

昔話に紙面を割いてしまいましたが、思い出さないほうが無理というものでした。10代の記憶というのは、なぜこうも眩しいのでしょうか。そして4日間も修学旅行の行程をご一緒させてもらったおかげで、わたしは紅葉深まる秋のロンドンの日差しに、新たな思い出を重ねました。まるでわたしも高校生になって、修学旅行に出かけたかのように。

音楽院の本格的な新年度はその翌週から始まりました。いつもどおりの学校生活に戻ろうとしたらなかなかギャップがあり、時差ボケのような気分でしたが、慌ただしい日々が戻ればすぐに、そんな戸惑いも吹き飛ばされていきます。

そうして気がつけば、秋学期の終わりが目前です。来学期には様々な本番や試験があるので、冬休みにしっかり蓄えていかないといけません。時間の風に飛ばされそうになりながらも、足をしっかり地につけて、すてきな春を迎えられるようにまた精進していきます。

 

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。現在英国王立音楽院修士課程2年在学中、ジャック・リーベック氏のもとで研鑽を積んでいる。