卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第2回「ヴァイオリン弾き、放課後作家になる」原田真帆

maholmesこんにちは、ヴァイオリン弾きの原田真帆です。

『卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿』第2回です。

そろそろタイトルのわけが気になってきますね。前回に引き続きもう少し生いたち話にお付き合いください。

小学生の頃から読書は好きでしたが、図書室は好きな本が少ないので嫌いでした。ただでさえ読みたい本がないのに、推薦図書10冊余りを読み終えないと借りる本を好きに選べないのは苦痛そのもの。しかも小学校って、借りた本の数で表彰とかしがち。図書委員の子に「真帆ちゃんって意外と本読まないんだねぇ」なーんて言われた時は本当に萎えました。

ところが、中学校進学後、ある日期待せずに図書室に行ったら、わたしがわくわくするような蔵書ぶりで歓喜。小学校には「少年文庫」しか置いてないのに、中学校には夏目や芥川ようなオーソドックスな古典名作に、はやりの本はもちろん、近所の本屋でもなかなか手に入らなかった海外の少年文学もありました。

とりわけ、まだ読みかけの『シャーロック・ホームズ』シリーズが全巻揃っていたのには感激しました。夢中で読み漁り、1週間も経たずに新しい本に替えに行ったものでした。

そんな折です、わたしがオリジナル小説の執筆という難題にぶつかっていたのは。思考は切羽詰まっていました。そういえばわたしアイデア力が乏しいタイプだったよね?!などと、活動の根幹を揺るがすような発想まで生まれる始末。一方で、現実逃避のごとく、『ホームズ』のページはどんどん進みます。

ある日の午前中。1冊を読み終えてしまうも、お昼にならないと図書室が開かないので、暇を持て余して「あとがき」を読んでいました。その時です、世の中には「贋作」という小説ジャンルがあることを知ります。

贋作というと通常は「偽物」を意味しますが、小説界には「原作者でない人が、あたかも原作者がその話の続きを書いたかのように、同じ登場人物・同じ設定で書く作品」という別定義があります。これは「アイデアがないからパクろう」としているのではなく、むしろ作品を好む気持ちが高じて書いている、そう、現代でいう「二次創作」コンテンツであること、そして『シャーロック・ホームズ』には「贋作」が多く存在することを、あとがきで知ったのです。

途端、わたしの止まっていた思考回路がメキメキと動き出します。これまでの「刑事ドラマ好き」が功を奏し、幸い「刑事事件」のアイデアはたくさんありました。あっという間にストーリーのあらすじまで思いつき、わたしはその日のうちに「オリジナル小説は『ホームズ贋作』にする」と決心しました。

この小説は、出品した文化祭で大評判に終わり、わたしはすっかり気を良くして中学時代はずっと「文学研究」のコースに在籍してオリジナル小説を書き続けました。2、3年次は「贋作」ではなく、イチからオリジナルのお話を考え、文化祭ではかなりのお客さんに楽しんでもらえたものの、しかし自分の心のどこかにずっと「こんな作品じゃ全然ダメだ」という、「自分の至らなさ」が引っかかっていました。

このつっかえを取るべく、高校時代もオリジナル小説投稿サイトに登録して試行錯誤していました。でもどんなにがんばって作品を完成させても、読み返せば設定の稚拙さや、語りの文章の言葉足らずさばかりが気になって、不完全燃焼が続きます。大学生になると日々の生活に忙しくて小説を紡ぐ余裕がなかなか取れなくなっていきました。

中学生当時小説を書いていたノート。

中学生当時小説を書いていたノート。

 

大学2年生のある日。

「コラムを書くのとか、興味ありませんか?」 

編集者さんと行ったカフェのランチ。藝大生行きつけのお店。

編集者さんと行ったカフェのランチ。藝大生行きつけのお店。

高校時代に出たコンクールで出会った編集者さんと、久しぶりに会う約束をしてランチをした時に、ふと言われました。大学すぐ近く、下町の良い雰囲気を持った古民家カフェの、2階の座敷での会話です。

その方にはこれまでの「執筆歴」のお話はしたことがなかったので、どうして「わたしにコラムが合うと思ったのか」はその時わからなかったし、未だにうかがっていません。でも、試しに書いてみたらこれが小説よりよっぽどしっくりと来て、ずっとあった胸の内の引っ掛かりが取れていくのを感じました。

思い返せば、いつも国語の授業の作文は苦手だったけれど、そういえば中学の修学旅行のあとで、学級委員長としてPTAの広報誌に求められた時の文章は、国語の先生にも、今まで作文に関しては辛口の母も手放しに「これは名文だね」と褒めてもらえたっけ。もっと言えば、小学6年生の運動会の感想も、点数記録係として見えたものを書いたら、えらい好評だったっけ……

どうやらわたしは創作よりも、随筆やレポート系の文章のが合っているらしい。今まで作文が、小説が書けなかったのは、文章表現能力がないからではなくて、単に「合ってなかった」だけなんじゃないか……!

その夏、わたしはやっと「作文が苦手」というトラウマから自分を解き放つことができ、自由かつ新しい「表現」フィールドを手に入れました。

というわけで、コラムやエッセイ系が得意とわかってからは、迷うことなく文章表現を楽しんでいます。先のコラム連載が終わった後も、自分の得意分野を見極めながらいろいろなweb媒体で執筆しています。それは、せっかく手に入れた「翼」を、広げておきたかったからに他なりません。

文章を綴ることはある種で芸術ととても近い分野で、上を見ればキリはないし、いくらでも磨く余地があります。わたしもいくら得意ヅラをしたところで、webライターというくくりで見たらただの無名な人でしかないし、読書人というくくりで見たらもっともっと読まなくてはいけない本があります。音楽家でもすてきな連載や自伝を出している人はたくさんいるので、文学はもちろん、そういった文章にもたくさん触れて自分の筆力を鍛えながら、この連載に臨みたいと思う次第です。

好きこそものの上手なれ。そして類は友を呼ぶ。好きなものに一生懸命愛を注ぎ込むと、不思議とご縁ができるようで、今では音楽関係以外の交友関係に、ライターの先輩や同期がいます。彼らはみんな情報感度が高くて刺激的。何より音楽家について客観的な意見をもらえるのは、とてもおもしろいです。

そして、もうひとつの「好きなもの」である文学は、またもわたしを呼んでくれました。何と、この秋から留学する予定の英国王立音楽院は、「ホームズ」の舞台として知られる「ベーカー街」の、目と鼻の先に建っているのです……! ホームズとの友情第2章は、9月から始まります。 

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。