フォーラム・コンサート第2夜 (11月29日) 出品作曲家プログラム・ノート
フォーラム・コンサート出品作のプログラム・ノートを先行公開します。
作曲者によっては追加メッセージもあります。
「作品について」をお読みになると、聴く前から曲のイメージが膨らむのでは。
11月29日には、これらのメッセージが実際にどのように音像化されているかを確かめに、
是非とも東京オペラシティリサイタルホールまで足をお運びください。
① 小坂直敏
パルメット—ピアノのための
(作曲2024年 初演)
◎作品について
パルメットはナツメヤシやシュロなど扇形に広がった葉をモチーフとした文様をいう。古来この植物は東アジアではあまりみかけず、中央アジアを経由してデザインの方が発展してきた。その中には、さまざまな植物から花弁、萼(がく)、蔓などのモチーフを取り込んだ変形もある。唐草模様を取り込んだパルメット唐草なども発展の一形態である。本作品は全体構成をパルメットの文様に倣い、同一の葉形が扇形に拡大してまた元の大きさに戻る対称性に対応する構成とした。また、これとは別の蔓(つる)の文様をイメージした要素を取り入れた。
◎作曲者プロフィール
早稲田大大学院を修了後、NTT研究所を経て、電子音楽を中心に音響研究と作曲を行う。1990年以降、サウンドエフェクトとして、モーフィング音やハイブリッド音、サウンドコラージュ音の合成に取り組み、これらの音色を音楽創作に反映している。
ICMC(国際コンピュータ音楽会議) ‘93、’03、 ’07、’24入選。NYCEMF(NY市電子音楽祭) ’15、 ’16、’19入選。オーケストラ作品は1999以降5作品を発表。近作はピアノ協奏曲第2番(2021) 、 第3番(2022) 。 2002-2009年までICMA(国際コンピュータ音楽連盟)アジアオセアニア地区理事。2009-2018までJSSA(先端芸術音楽創作学会)会長。現在早稲田大学および東京電機大学研究員。博士(工学)。東京電機大学名誉教授。
② 早川和子
暁~オーボエ、コーラングレとハープのための
(作曲2024年 初演)
◎作品について
「暁」とは“あかつき、あけぼの、よあけ、あきらか、さとる、明るい、ここちよい”などの字義を持つ。本作品は太陽の光があきらかになる“あかつき”を意図している。
曲は無調によるコーラングレとハープの最低音より始まる。朝靄に包まれ、深く神秘的な森はまだ闇の中にある。蠣崎耕三さん所有のコーラングレは通常より半音低い変ホまで音が出る。このまれな特徴を活かし、篠﨑史子さんの重厚なハープとの共奏により広く深い森の情景が映し出される。やがてコーラングレがオーボエに持ち替えられると徐々に調性の要素が表われ、転調を繰り返す事で太陽が地上に顔を出し、徐々に天空へと昇り、周辺に明るくこころよい光を照らし出す。無調から調性への移行は、同一モティーフ・同一音型を用いる事で統一感が生まれ、違和感なく時空を超えて展開する。
地球上のすべての生きとし生ける者が太陽の明るい光に包まれ、静かで穏やかで幸福な営みが得られるよう記念し作曲した。艶やかで美しい音色の蠣崎さんのオーボエ及びコーラングレと力強くかつ優雅な篠﨑さんのハープで全世界に希望に満ちた平和が一日も早く訪れ、更にこの平和が永久に続くようにとの願いが宇宙に向けて発信される。
◎作曲者プロフィール
東京藝術大学大学院音楽研究科終了、芸術学修士。作曲を長谷川良夫に師事。88〜07年作曲グループ「屮」代表。87〜19年「早川和子個展」を音楽の友ホールにて21回開催。97、99〜04年度日本現代音楽協会委員。茨城大学名誉教授。
③ 大野和子
Scenes〜ピアノソロのための
(作曲2023年/改訂2024年改訂初演)
◎作品について
交流や移動が制限されていたコロナの頃、身近な自然と触れ合うのが日課でした。
その折、強く心惹かれた3つの情景を音にしてみました。
2曲目と3曲目は続けて演奏されます。
1.落ち葉
生き物のように風に舞い踊る落ち葉。古の昔から人の命はしばしば数字として生かされてきた。自らの意思を離れた営みを憂う、声なき声が聞こえるよう…
2.雪の朝
目覚めたら一面の雪!音もなく光輝く白い世界。その文句つけようのない圧倒的な白さであるもの全てを他には何もないかのように覆い尽くして…(この白は美しい?)
3.緑の点描
密かに近づいてくる足音の予感。小さい声はあっという間にかき消され、荒々しく踏み潰される。息を潜めた大地にはそれでもなお、あちこちに小さな息吹。様々な形の、様々な色合いの緑を纏って。
先の戦争を経験していない世代ですが、かけがえのないものがこぼれ落ちそうな危うい空気を感じています。美しい言葉の裏に潜む醜さ、信じたい微かな希望といったものを表現したいと思いました。
◎作曲者プロフィール
神戸女学院大学音楽学部音楽学科作曲専攻卒業。同研究生修了。在学中ハンナ・ギューリック・スエヒロ記念賞を受賞。現音in関西、響の会、日本作曲家連絡会議(JLCC)等において作品を発表、委嘱による作曲、編曲活動も活発に行っている。作曲を飯田正紀、澤内崇、佐藤眞の各氏に師事。神戸女学院高等部非常勤講師を経て,これまでに専任講師、非常勤講師として母校で後進の指導にあたる。日本現代音楽協会、響の会各会員。
④植野洋美
ハイ・センシティビティ・ワールド—打楽器とピアノのための
(作曲2024年 初演)
◎作品について
世の中には高感度の五感を持つ人たちがいます。工業製品なら高感度のものは高度な技術を伴うことが多いため、価値が高くになることもあるでしょう。しかし、空気が読め過ぎたり、臭い、温度、痛みなど様々なことに対して高感度の感覚を持つ人たちは、生活の中で困難を伴うことがあります。この作品ではこのような人たちの“繊細で困惑がありながらも、目に、耳にしている美しい世界、豊かな感性に満ち溢れた世界”を繊細な打楽器の音たちで表現したいと思います。この作品は超絶技巧的な打楽器作品ではないということもあり、敢えて作曲家である近藤礼隆氏に本日の初演をお願いしました。ご快諾頂き感謝申し上げます。
◎作曲者プロフィール
神戸女学院大学作曲卒業、大阪音楽大学大学院作曲修士課程修了、東京芸術大学大学院作曲修士課程修了、エリザベト音楽大学大学院音楽学博士課程修了、Ph.D.。神戸女学院大学クラブ・ファンタジー賞、吹田音楽コンクール作曲部門1位、大阪音楽大学コンクール奨励賞、エリザベト音楽大学学長表彰他受賞、国際ピアノデュオコンクール作曲部門、現音作曲新人賞他入選。フェリス女学院大学、エリザベト音楽大学、広島大学大学院他、各講師、東京かつしか作曲コンクール企画委員会会長・審査委員長を経て現在、Coily合同会社代表。後進の指導と音感教育機器の単独研究開発、筋電型リハビリ用楽器、手指故障予防ピアノ打鍵法の共同研究を行い、音響学会等国内学会やISPS、IEEE等国際学会で発表。現代音楽協会、作曲家協議会、音響学会、IEEE会員。
⑤ 田中範康
響の残像II
(作曲2024年 初演)
◎作品について
本作品は3章で構成された作品である。1章は断片的な楽想が、4つの楽器によって線と線が立体的に呼応していく。特に本章の冒頭の楽想はその後に続く2、3章の音楽構成に少なからず影響を及ぼすことになる。
2章はいわゆる叙情楽章であり、透明な響き、暖かな響きの共存を目指したものである。間断なく進む3章は常動的な流れの中に、特に1章で提示された楽想が様々に変容した形で展開していく。
◎作曲者プロフィール
東京生まれ。国立音楽大学附属高校を経て、国立音楽大学作曲学科、並びに同大学器楽学科(オルガン専攻)卒業。昨品は、日本はもとより、ドイツ、北欧、フランス、アメリカ、韓国、メキシコなどのコンサート、音楽祭で広く紹介されている。現在までに4枚の室内楽アルバムが、 Vienna Modern Masters(VMM-2011,2036)や ALM RECORDS(ALCD-87, 103)でリリースされている。さらに、マザーアースから、室内楽作品や、ピアノソロ作品の楽譜が出版されている。名古屋芸術大学で長い間、教授、副学長、理事を務め、2024年3月に退職。現在、愛知県文化振興事業団理事、日本現代音楽協会会員。
⑥ 橘晋太郎
「萩原朔太郎の詩による歌曲集」より
(作曲2024年 初演含む)
作品について
詩人・萩原朔太郎(1886-1942)の詩に魅了され、 『萩原朔太郎の詩による歌曲集』の作曲に取り組ん
でいます。 詩から漂う陰鬱な雰囲気や、それを切り裂くような カミソリのごとき鋭い表現、さらに随所に見られる麗
しい描写。朔太郎の魅力に心を奪われ続けています。 いずれは、様々な要素が連関する作品群を通じて、 人間・萩原朔太郎の精神世界をモザイクアートのよ うに映し出す曲集となることを目指し、書き進めてい ます。 今回新たに作曲した「野原に寝る」では、空に向 かって悠然と「伸びてゆく」様を描きつつ、それを「夢」 にまつわる同シリーズ他作品とのつながりを持たせた モティーフや曲調で包み込むようなイメージで書きま した。 詩集『青猫』より、「青空」、「野原に寝る」、「鴉 毛の婦人」の3篇をお聴きください。
作曲者プロフィール
日本大学大学院芸術学研究科博士後期 課程修了。博士(芸術)。作曲を峰村澄子、湯浅 譲二各氏に師事。第 11 回国際ピアノデュオコンクー ル作曲部門第2位及び特別賞受賞。作品発表を行 う傍ら、近現代邦人作曲家を中心とした作品研究、 作曲技法研究、また、ソルフェージュ教育研究に も力を入れている。日本現代音楽協会、日本作曲 家協議会、日本ソルフェージュ研究協議会各会員。 国際ピアノデュオ協会監事。文教大学准教授。洗 足学園音楽大学、日本大学各講師。
⑦ 露木正登
クラリネット・ソナタ第5番(エレジア)
(作曲2024年 初演)
作品について
2024年6月から10月にかけて作曲。 クラリネット奏者・鈴木生子さんのために2019年から書き続けている「クラリネット・ソナタ」シリーズの第5作目で、A管クラリネットのために書いた。 曲がA管で書かれていることと、「エレジア」(=悲歌)というサブタイトルが示す通り、この曲は2022年に書かれたソナタ第3番(嘆きの歌)の続編(補遺)でもある。
3楽章構成。第1楽章(Ciaccona)に続いて、クラリネット独奏による第2楽章(Monologue)、そして全曲の中心楽章である第3楽章(Elegia)が続く。第2楽章と第3楽章はattaccaで続けて演奏されるので、聴感的には2楽章構成の曲であると言ってもいい。第1楽章の冒頭にはクラリネット独奏による短い題辞(エピグラフ)が置かれ、この曲の基本モティーフ(統一原理)が呈示される。曲全体は第1楽章を除いて、遅いテンポが中心となり、独白的で瞑想的な雰囲気に支配されている。
いつも拙作の初演を引き受けてくださる鈴木生子さんと及川夕美さんには心から感謝いたします。
作曲者プロフィール
作曲を浦田健次郎氏に師事。第6回朝日作曲賞(吹奏楽)受賞。第3回国立劇場作曲コンクール佳作。第12回吹田音楽コンクール作曲部門第3位入賞。《交響的譚詩(1995)》と《「かごめかごめ」の主題による幻想曲(2005)》の2つの作品がティーダ出版から、《トリプティーク~サクソフォン四重奏(2015)》がブレーン(株)から出版されている。
◎追加アピール文
若い頃の私は、自分の音楽を実現させるために曲を書いていた。自分の音楽を楽譜にして演奏家に渡し、それを演奏することで自分の音楽を聴衆に伝達する……というプロセスに何の疑問も持たなかった。自己表現のために音楽をする……その個人主義的な姿勢は、いわば19世紀以来の作曲家のありかただと言える。ベートーヴェンを不変的なものと位置づけ、これまでにない音楽を実現させるための限りない努力と苦役……若い頃の私にとって「作曲する」とはそういうものだった。
しかし、最近の(歳をとった)私は、そういう19世紀以来の作曲家のありかたには興味がなくなってきている。いまの私にとって「作曲する」ということは、バッハの時代のようなあり方、つまり演奏する人(演奏家)を想定して、その演奏家にどのような音楽を奏でてほしいか……自分の音楽を演奏家に押し付けるのではなく、演奏家のキャラクターから自分の音楽を発想することが多くなった。だから、顔も知らない(面識のない)、どういう人かもわからない演奏家のために音楽を書くことは今の私には難しい。
2019年からクラリネット・ソナタのシリーズを続けているが、これまで「クラリネット」と「ピアノ」という抽象的な「楽器」のために書いた音符や楽想はひとつもない。私の音楽の発想は、「クラリネットを吹く」鈴木生子さんと「ピアノを弾く」及川夕美さん、という二人の演奏家の存在と協力を抜きにしてはあり得ないものだ。
⑧ くりもとようこ
部屋 透明な空間―声のための
(作曲2024年)
作品について
名古屋のソプラノ歌手荻野砂和子氏の委嘱により2024年に作曲、10月のリサイタルにて初演された。
委嘱に当たって荻野さんより「メロディに歌詞をのせて歌うというよりは、音を楽しむ感じの曲」というイメージをいただいた。そこで、声を一つの楽器として扱い、アカペラで一つの構成を作ろうと思った。
作曲に当たって留意したことは、言葉の問題である。発声は発音を伴い、発音は複数重なると言葉になって意味を持つ。それは避けよう。
まず発音を伴わない発声として、ハミング、息を吸う音、吐く音、子音を考えた。その他発音はそのままではほとんど意味を持たないが、時として何かしら具体性を持つ。それらは、身体的な動作によって増幅される。又途中、器楽の音型のオノマトペも使われている。
一緒に創り上げて下さった荻野さんに感謝!
作曲者プロフィール
愛知県立芸術大学及び大学院修了。作 曲・演奏・パフォーマンスをする。主要作品として《、発 声と様式のモード〜新しいオペラへの試み》、名フィ ルより委嘱された《弦楽器、打楽器、ピアノと和太 鼓のための「天・無・極」》等がある。2014 年、 現代日本の作曲家シリーズ第 47 集として CD『くり もとようこ自作自演集』がフォンテックよりリリース。 1992 年度名古屋市芸術奨励賞受賞。現在、日本 現代音楽協会、日本作曲家協議会各会員。
⑨ 河内琢夫
《2つのクラフト・ワークス》~ヴァイオリンとピアノのための
(作曲2018年/改訂2024年改訂初演)
作品について
この作品は制作年代も地域も異なる2つのクラフト・ワーク(工芸品)よりインスピレーションを得て作曲しました。
第1曲:《オホーツクのヴィーナス》
北海道立北方民族博物館の収蔵品で北海道網走市のモヨロ貝塚出土の女性像。クジラの牙を加工して作られています。肝心の顔の部分が欠けていることは、かえって見る者の想像力を刺激します。この地域では縄文文化ともアイヌ文化とも異なる独自のオホーツク文化が栄えたと言われ、像はおそらく巫女をかたどったものと思われます。古代ヨーロッパの大地母神とは異なる、北方の海の女神。
第2曲:《ドラムを打ち鳴らすシャーマン》
先住民を出自に持つ現代カナダの彫刻家による木彫りの像。シャーマンとは顕界と異界を取り結ぶ霊的仲介者。像そのものは無題だったのでタイトル「ドラムを打ち鳴らすシャーマン」は私の創作です。作曲にあたっては「ドラムの力の時を超越したリズムよ、古代の層のめぐりめぐるリズムの生のひたすらよ」で始まるスーザン・コーエンの詩からも大きな影響を受けています。
作曲者プロフィール
洗足学園大学音楽学部(現洗足学園音楽大学)作曲専攻卒業後、同大学専攻科修了。作曲を宍戸睦郎氏に師事。第3回Music Today国際作曲コンクール(企画構成:武満徹)入選、ISCM World Music Days(ルーマニア)入選。これまでに3枚のCDをリリース。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会各会員。深新會同人。2025年2月、アジア音楽祭2025 in Kawasaki オープニング・コンサートにて《舞》~箏のための、が上演される。