現音関西企画 平田英治サクソフォンリサイタル 報告
近藤 浩平
現音関西企画の第4弾として、南川弥生さんが企画・制作された「平田英治サクソフォンリサイタル」に参加させていただきました。現音関西企画は、第1弾の福井とも子さん企画による上田希さんのクラリネット、第2弾の中村典子さんの企画による宮本妥子さんと西岡まり子さんのパーカッション、第3弾の私が担当した野村誠さんの鍵盤ハーモニカ3重奏、今回、第4段となる南川さん企画による平田英治さんのサクソフォンと企画が重ねられてきました。
担当作曲家が、それぞれの音楽活動で緊密なコラボレーションを重ねてきた演奏家を招き、それぞれの作曲家が演奏家と積み重ねてきた創造的な関係と理解をもとに企画をスタートさせ、演奏家から受けてきた創造的な刺激を、参加する周りの作曲家に共有して新たな音楽的な出会いが生まれてきました。今回の企画では平田英治さんという優れた音楽家と長年の協働を重ね、サクソフォンという楽器への最良の理解者である南川さんが、関西の各会員作曲家とサクソフォンとの理想的な出会いの場を演出してくださいました。
このことが、聴く側にとって、この作曲家が、この楽器、この演奏家の為の曲を書いたらどんなものになるのだろうという、特別にわくわくさせる未知の組み合わせへの期待を、演奏会にもたらしてきたように思います。
今回の演奏会では、サクソフォンとは、こんなにも多彩で強い表現力を持つ楽器だったのかと驚かされました。同時に、どのような奏法、スタイルの音楽の時も、常に、甘美なほど美しい音で聴衆を魅了するリサイタルでした。個性的な現音関西の会員が、多様なアプローチでサクソフォンの表現を開拓したことで、平田さんの演奏の表現の多彩さが強く印象づけられることになりました。今回の企画で生まれた作品が、多くのサクソフォン奏者によってサクソフォンの魅力を伝えるレパートリーとなっていくと思います。
田口雅英さんの作品は、「むせび泣くような」とプログラムに書かれているサクソフォンの感情表現の力を発揮させる音楽。密やかな息づかいから唸り叫ぶまで表現が次第に高まっていく作品。今までの田口氏の音楽に感じていた大らかな民俗性というイメージを塗り替える現代社会への思いが噴出したような音楽でした。諸橋玲子さんの音楽は、なぜ、いつもこのように高潔で品位があるのだろうと不思議に思います。繊細に立ちあがり呼吸する高音が、古の風の吹く野原を、気品のあるたち振る舞いで通り過ぎます。今回のプロデューサー、南川弥生さんは2本のサクソフォンの為のデュオ、平田さんと篠原康浩さんの2人のサクソフォンが、お互いに背景となる音色空間でもあり、微分音を含む多彩な2つの線とリズムの対位法でもあるという音楽。お互いに線でもあり、他方のサクソフォンの音を包む変質させる音色空間でもあるという斬新な関係性を作りあげます。中村典子さんの音楽は、スケールの大きな場の移り変わりをもち、深い奥行きのある山水の庭園を、巡り歩きつつ瞑想するような感覚を覚えます。無伴奏のサクソフォン1本でありながら、深い精神性と奥行きを反映したどこか想像上の寺の広大な庭園のような世界を作りだします。譜面もまた独奏曲とは思えない大きな場所の俯瞰図のようです。大慈弥恵麻さんの作品は、サクソフォンが生き物のように見えてくる不思議な作品。ステージの演奏する姿を見ながら聴くと、耳から聴く音楽が、視覚イメージにも働きかけるのか、サクソフォンという楽器の姿が、なにか風変わりな爬虫類か両生類か食虫植物か哺乳類か分類不能な生き物の体に見えてきます。この生き物が、平田さんに抱きかかえられながら、いろいろな声を出しながらごそごそ動き回っている様は、独特のユーモアも感じさる不思議な世界でした。宇野文夫さんの音楽は、今回のプログラムで唯一ピアノを使う曲でした。厚地えり奈さんの鮮やかな切れ味のピアノのアタックとサクソフォンのアタックが織りなす鮮明なリズムが前へ進む強力な推進力を呼び起こします。ここからは、西洋音楽史を自在に俯瞰し総合する宇野さんの力量がいかんなく発揮されました。西洋音楽の様々な要素を隠すことなく駆使しつつ統合して強い主張のある音楽を築いていく宇野さんの力技は聴いていて痛快でした。私が出品した「海辺の祈り」は震災と原発の犠牲者への追悼作品。様々な楽器への編曲で再演を重ねているますが、サクソフォン版は今回の為に新たに作ったものです。東北の海辺の民謡の節回しに影響を受けた通常奏法のみの非常に旋律的な作品ですが、人声のように歌う平田さんのサクソフォンの表現力と透明感のある音色で美しく哀切な音楽が奏でられ、1月と3月にはさまれたこの時期の演奏会で、震災を思い起こす時間が生み出されました。
今回の演奏会場であるドルチェ楽器大阪 アーティストサロンは関西の管楽器奏者が集まる場所であり、管楽器を演奏する人達に現代音楽を知ってもらうという意味でも、今回の企画に最適の場であったと思います。
プロデュースをされた南川さん、新作の並ぶ大変なプログラムを短期間で完成させ素晴らしい演奏で魅了してくださった平田さんと共演の篠原さんと厚地さん、演奏会の運営を支えてくださった事務局の竹田さん香山さん、出品された皆様、聴きにきてくださった全ての方、支援いただいた皆様に感謝です。
次回の関西企画、どんな演奏家、楽器との出会いが生まれるのか、今から楽しみです。