世界で活躍する日本人音楽家シリーズvol.3
「世界に開く窓~百留敬雄ヴァイオリンリサイタル」
国際部長 福井 とも子
この演奏会は、日本現代音楽協会・国際部(小川類、木山光、篠原眞、久田典子、福井とも子、松平頼暁、湯浅譲二)により企画・制作され、2015年2月3日にオペラシティにて開催された。
日本現代音楽協会は、国際現代音楽協会(ISCM)の日本支部でもある。その立場からこのシリーズでは、日本と世界を結ぶべく、海外で活躍している日本人音楽家を紹介しようというのが趣旨となっている。若くして海外に渡り、そのままそこで音楽家としての礎を築いてきた彼らの多くは、日本での活動を望みつつもそのチャンスをなかなか掴めないでいるのではないか。地元での知名度とは裏腹に日本での活動が少ない場合、こちらでのサポート無しに単独リサイタルを開催することは簡単ではない。さらに日本での活動歴の多少によっては、助成金も取りにくいのが現状であるから、まず第一歩を踏み出すことが困難であるという状況だ。豊富な経験と知識は、日本にいる私たちに取っても魅力的であるはずとの思いから、彼らと日本を繋ぐ企画を実現したいと考えたのである。
第1回ドイツ在住のピアニスト中村麗(2013年2月杉並公会堂にて公演)、第2回同じくドイツ在住のホルン奏者山内亜希(2014年3月オペラシティにて公演)に続き、第3回目となる今回は、ベルギー在住のヴァイオリニスト百留敬雄(2015年2月3日オペラシティにて公演)がゲストとなった。毎回ゲスト演奏家とは2年くらいかけて企画を詰めていく。メールやスカイプ等で意見交換をしながらプログラムを練っていく中で、その演奏家の音楽家としてのあり方が露わになっていく。中村は、一般的なソロピアニストのイメージとはかけ離れ、特にエレクトロニクスの分野において、様々な国の作曲家達と活発にコラボレーションを行っている。山内は、ベルリンのアンサンブルを拠点とし、そこでの信頼を得ながら独自の活動を模索している。そして百留は、ソリストとしてもまたアンサンブルのメンバーとしても、ともに充実した活動を展開している。それはヴァイオリンという楽器の順応性と、本人の語学力(10カ国語以上を操る)を活かした順応性とが相俟って、どんどん拡がっているようである。超絶技巧難曲が得意(好み?)で5弦ヴァイオリンも扱えるというのが彼の魅力であるが、どのような作品でもじっくり読み解く律儀なところが、本当の強み。2年間のコラボレーションを経て、そのような印象を持った。
企画においてプログラムをあれこれと考えることはとても楽しい。しかしながら、ピアノやヴァイオリンといった多くのソロ作品が書かれているはずの楽器でさえ「レアな名曲」を見つけることはそう簡単ではない。人気のある作品は、すでに国内でも度々演奏されていて話題性に欠ける。最終的に決まったのは、アペルギスとクルリャンツキとアマンドラ(全て日本初演)、そして会員(佐井孝彰、三枝木宏行、徳永崇)の3作品(全て世界初演)と、一般公募から選ばれた黒田崇宏の作品(世界初演)である。「全て違うタイプの作品を選びたい」という百留の意向を反映したものとなった。どちらかと言うと楽器の特殊な奏法を駆使し、技術的妙味をハイテンションで聴かせていく海外3作品に対し、会員作品は、抒情性が際立った佐井作品、音楽外的な発想を、エレクトロニクスを伴う独特な世界に作り上げた三枝木作品、5弦を最大限に活かしながらハイブリッド(本人曰く)な音模様が弾けた徳永作品と三者三様。一方、一般公募作品(18作品)の審査は上記国際部員と百留とで行われ、希望者には審査員からのコメントを送らせていただいた。最初に5〜6作品に絞った時点では、順位は微妙に違うものの、各審査員がほぼ同じような作品を残した。最終的に黒田作品を強く押したのは、演奏者本人である。シンプルだけどアイデアが明確で、実験的な側面があったこと、それを作曲者とともに練り上げようという奏者の意向があったことに加え、百留が一貫してプログラム全体のバランスを重視したことも、決定理由の一つである。
話が少々ズレるけれど、2014年12月に競楽の審査員をさせていただいた際に、参加してくださった方達の選曲について、いろいろ思うことがあった(競楽では、参加者が自分で全てプログラミングすることになっている)。中にはとても興味深いプログラムもあった反面、自身を上手くアピールすることの難しさを感じさせられるものも。演奏家でも作曲家でも、多くの同業者の中で自分の立ち位置を明確にするのは簡単ではない。これまでの「世界に開く窓」ゲスト3人がそのままヒントになるかどうかはわからないが、自らを客観的に見極めたスタンスの選択が、彼らの存在感の根拠となっているようにも思える。もちろん傑出した力がなければ、何も始まらないのは言うまでもないが。
このシリーズでは、海外で活躍している日本人、つまり今まで日本ではあまり活動してこなかった日本人音楽家を紹介しようとしている。ともすればそれは、集客の難しさに繋がる可能性もある。それでも彼らが、日本の現代音楽界隈に新鮮な風を送り込んでくれるのであれば、運営上の苦労が多少あったとしても価値のあることではないだろうか。
“第5弦”に託した物語
三枝木 宏行
〈現代の音楽展2015〉公演第1夜「百留敬雄ヴァイオリンリサイタル」にて、五弦ヴァイオリンとエレクトロニクスのための作品《Mirage》を発表致しました。
一昨年秋、この公演企画に先立って催されたワークショップで百留敬雄さんの奏でる五弦ヴァイオリンを識り、以来この楽器と自分自身との音楽的接点を求めて想を巡らせていました。先立つ2012年に無伴奏ヴィオラ曲を作曲したこともあり、これに続く弦楽器の独奏曲への意思は熟しつつあったのだと思います。
通常のヴァイオリンにヴィオラ音域の第5弦が加わったこの楽器に結びついたイメージは、江戸川乱歩の短編小説『押絵と旅する男』の物語でした。押絵の中の少女に恋いこがれ、自らその絵の中に入った青年、彼は本来生身の人間であるがゆえに、押絵の中に身を置きながら、その姿は齢経るごとに老いてゆく――そこに描かれる「老い」「枯淡」「諦念」等々、それらのナラティヴと心象風景をこの“第5弦”の響きに託すことを基本姿勢として構想を進め、昨年夏に電子音響を伴う、どちらかと言えばアナクロな日本的湿度をもって響く作品として仕上がりました。
舞台上演に向けて、海外に拠点を置く百留さんとのコンタクトは、エレクトロニクス・パートの音源素材としての部分演奏録音ファイルをdropbox経由で送信していただくなど、専らネットを介した作業となりました。直接対面でのリハーサルは公演前日の2月2日まで待たねばなりませんでしたが、上記“第5弦”の物語の意図を読み込んで下さり、まさに原作を彷彿とさせる“肌粟をなす響き”に仕上げていただけたと思っております。
百留さんをはじめ、エレクトロニクスを担当された有馬純寿さん、そして公演を企画運営された現音国際部の皆さんに心からの感謝を申し上げます。